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2018-01-04

こころのビー玉


年末に20年来の友人たちに久しぶりに会った

彼らは、高校時代に、学校よりも多く通っていた塾の仲間たちで
私にとっては最も付き合いの古い友人たちだ

長い間会っていなかったけれど
なぜだか安心感がある仲間

そんな仲間たちに
「お前全然変わってない、見た目も中身も一番変わってない」
と言われた

不思議なもので
自分を変えたくて、変わりたくてもがいていた20代を経て
今は、変わらないと言われることがありがたく感じられる

ああ、そうか。
色んなことを経てここにいるけど
私は変わらないでいられてるんだなぁ

そしたら、急に、あれ?この感じ、なんか昔も同じこと思ったよね?
と、昔書いた文章のことが突然ふと頭に浮かんだ

過去のブログを漁ってみると確かにあった
前回7年前に同じ仲間に会った時に書いた文章が


上っ面の器用さを褒められるより
本質的な不器用さを指摘される方が
うれしいと思えることがある

弱さを見せられず
無理矢理背伸びをしている自分に
無理しなくてもいいんだよ、と言ってもらっているようだから

見た目や考え方がちょっとくらい変わっても
人間の本質というのはそう簡単に変わるものではない

気がつけば10年なんてあっという間で
その間なんとか「成長した」と言える事もあれば
本質的な性格の変化の無さにうんざりする事もある

そんな自分を「変わらないね」と
受け入れてくれる友人がいることのありがたさを
胸に痛感する

逆に言えば、あんたたちだって全然変わってないよ

思い出そうとすれば
まるで昨日の事のように
ドラマのような青春の毎日が蘇ってくる

今の私たちは、あの頃の私たちと比べて
何が変わったんだろう?

変わるもの変わらないもの
変えるべきこと変えるべきでないこと
そんな狭間をふらふらと行き来する

そう
変化の激しい世の中で
この先、一生変わらないものがあるとすれば

それは
一人一人が自分の中に抱えている
小さな一つのビー玉みたいなものなのじゃないかと思う


自分の中のビー玉の模様は
きっと高校を卒業するくらいにはある程度定まっていたんだろう

そこに様々なものを塗りたくったり
時々どこかに転がして無くしかけたりしつつ
必死に探して磨いて握りしめてきた

あれほど変わりたがっていた私は
結局「変わらない」と言われて少し喜んでいる

もしかしたら嫌味で言われているのかもしれないけれど
好意的に受け止めることにしよう

そんな風に、自分のビー玉を知る仲間の存在が
今、一つの救いになっている




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