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2016-08-23

【旅の回顧録】2004年沖縄旅行紀〜生まれて初めての一人旅に出た時のこと〜


わたしは自分の生を認めてくれる人を捜し続けています

2008年に沖縄の離島を一人旅した時の回顧録を書こうと思って
昔のブログを読み返していたら
それについてを書くにはさらに遡って2004年に
初めての一人旅で沖縄に行った時のことに触れておいた方が良い気がして
今から11年前の記憶を手繰り寄せることにした。

当時はコンパクトデジカメが
庶民でも買える価格で普及し始めたばかり。
なけなしのバイト代でSonyのサイバーショットというデジカメを買って
絵や書以外の表現方法に触れ始めた頃の出来事だ。

<2005年のブログより>

初めての一人旅では
目の前に広がる現実が嫌で、少しでも都会の喧騒から逃れたくて
思いつきと勢いとで沖縄に出かけた。

行き先もなく歩いていると「無人島に行かないか」と
たまたま前を通かかったボート乗り場で声をかけられた。

「今、上海からきたこの女性が、無人島に行こうとしているんだけど
一人だと5000円、二人なら2500円になるからさ」と。

そうして私は、上海から来たという女性と
2時間近く、何もない小さな島の岩陰で、
体育座りをしながらお互い片言の英語でしゃべりあったのだった。

上海の女性「何で一人で旅をしているの?」

私「東京は人が多い。それに疲れた。」

すると彼女は立ち上がって、
青く広がる海と空に向かって全力で叫びだした。

「Forget Everything! Forget Everuthing!」

だから私も一緒になって叫んだ。

「Forget Everything!」

叫んでいるうちに涙が出てしまった。
別に理由があったわけではないのだけれど。

DSC00514


 

なんで一人旅に出ようと思ったのか、
あまり詳しい理由は覚えていない。

東京の人の多さに疲れたと言っているが
それは最大の理由ではなかったはずだ。

当時は、都内の生物系の大学院の研究室に所属していて
結果的にあまり向いていなかった研究といフィールドで、
己のパーソナリティや進むべき方向に悶々とする悩みを抱えており、
そんな悩みを打破すべく、何か強烈な体験を求めていたのだと思う。

あの頃の自分は
今にも消えそうな実態のない自分を
必死で掴もうとしていた。

そうして旅立った沖縄。

1週間分の荷物を抱えて那覇から首里城まで歩いて行ったこと
初めて「安宿」に泊まったこと
宿で出会った個性的な人たち
行き先も決めずに乗ったバス

BGMには、ケツメイシの「涙」が流れていた。

 

養老孟司先生の「養老孟司の逆さ眼鏡」という本に書かれている内容によると
若者特有の「自分探し」は意味がないという。
なぜなら自分を探している当の自分がどんどん変わっていくんだから。
「現在の自分、それがいつだって自分なのだ」と。

あの時、海に向かって泣きながら叫んでいた自分も
時々刻々と変化していったのであろう。

消えそうなのは過去の私だったのであり、
それは実際に消えていっていた。

そうやって、初めて体験した現実逃避という現実のなかで、
新しい私に生まれ変わっていったのだ。

 

余談ではあるが、実は、無人島行きのボートには
私と上海から来た女性以外にも 乗客がいた。

それが全身刺青の入った兄ちゃん達だったから
きっと私は無人島に人知れず埋められてしまうんだろう、なんていう妄想を
一人ボートの中で張り巡らせて冷や汗をかいていたし
小さな無人島で私は、なるべくその兄ちゃんたちと対角線上にいるようにと
ハラハラしながらポジショニングをしていたのは、今だから笑える。

 

沖縄に一人旅なんて、
今になって思えば大したことのない一歩だったのだけど
あの時の一歩がなかったら
確実に今の自分はいないだろうなぁと思う。

旅の半ばのある朝、
早朝からタクシーに乗って平和記念公園へ行った。

昇り立ての朝日に照らされた
美しい沖縄の海を見ながら
私はもっとこの世界の美しい景色を
この目で見たいと心から思った。

あの時から私は、無自覚のうちに
旅の魅力に取り憑かれてしまっていたのだ。

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