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2016-06-29

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記7〜ラオスにいったい何があったのか。旅の終盤(ラオス→タイ→シンガポール)〜


2011年6月にラオスを旅行した時の記録です。

2011年1月からワーキングホリデービザでシンガポールに滞在していました。
ラオスへはその滞在の途中で観光に行きました。

こちらも合わせてお読みください。↓↓↓

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記1
 〜ラオスにいったい何があったのか。私がそこで見てきたもの。〜

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記2
〜ラオスにいったい何があったのか。ビエンチャンの市場。〜

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記3
〜ラオスにいったい何があったのか。ブッダパーク編〜

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記4
〜ラオスにいったい何があったのか。ルアパバーンに到着〜

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記5
〜ラオスにいったい何があったのか。メコン川の恵み〜

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記6
〜ラオスにいったい何があったのか。ラオラーオ造りの村〜

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ルアンパバーンからバンコクエアラインの
小さな飛行機に乗ってバンコクへ。

格安航空、しかもほんの2時間程度のフライトにも関わらず
けっこうちゃんとした機内食が出たのには感激。

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さて、今回の旅の最後にタイに寄ったのは
ルアンパバーンから当時ワーホリビザで滞在していた
シンガポールへの直行便がなかったためなのだが、
自他共に認めるトムヤムクン依存症の私には
中継だけのためにタイによるなどというもったいないことができなかった。

しかしながら次の予定(シンガポールに友人が遊びにくる事になっていた)が
すでに入っていたため一泊のみの短期滞在に。

週に数回はトムヤムクンスープを飲まないと
いてもたってもいられなくなるので
「どれだけタイ料理好きなのさ」という感じだが、
実はタイに行くのは今回がたったの3回目。

バンコク市内に行くのは2004年にタイ人と結婚した友人の
パーティーに呼ばれて以来なので実に6年ぶり2度目の訪問となる。

6年間タイに行かなくても中毒症状がでなかったのは、
日本にもシンガポールにも、週に何回もトムヤムクンを食べるに困らないくらい
タイ料理レストランがあるからだ。

それくらいタイ料理が世界中の人にとって
身近な存在になりつつあることを証明している。

前回バンコクに来たときには海外旅行も2度目でまだ慣れていなかったし
英語が喋れる心強い仲間にすべてを任せていたので
バックパッカーとして一人でバンコクに来たのはこのときが初だった。

とりあえず、空港からタクシーに乗って「バックパッカーの聖地」と呼ばれる
「カオサンストリート」へ向かってみた。

タクシーを降りた瞬間、バンコクの雑踏が目にとびこんできて
朝までいたラオスでののんびりとした毎日がまるで夢だったかのようだ。

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IMG_9472

そんなギャップに戸惑っている間もないくらいに
少し道を進むだけで色々な勧誘の声が浴びせられる。
それも片言の日本語で。

カオサンストリートから小さな路地を少しだけ奥に進んだところにある
ゲストハウスに宿泊する事とし、
荷物を置いてすぐに街へと繰り出した。

初めはラオスとのギャップにうまく適応できるかどうか不安も浮かんだが、
次々と目に飛び込んでくるこの街の面白さに目が釘付けになってしまった。

何より興味深かったのはやはり
車の往来激しい大きな通りから、路地裏のような小さな通りにまで、
たくさんの食べ物の屋台があること。

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インドのバラナシを歩いていたときに道ばたで出会った牛の数にも匹敵するか
それ以上の数の屋台が街のあちこちにある。

以前、タイ料理に関する文献を読んでいたときに

「歴代のバンコク知事のほとんどが、在任中に、都市衛生、
歩道の交通妨害、全般的な見苦しさなどを引き合いにして、
屋台を違法なものにしようとしてきたが、ことごとく失敗してきた。」

とあり、

「それは屋台が多数の都市住民の
明確なニーズを満たしているという簡単に理由からだ。」

というようなことが書いてあった。

それくらいタイ国民にとって「屋台」はなくてはならないものであり、
タイを訪れる多くの外国人旅行客にとっても
欠かすことのできないエンターテイメントの一つであることは紛れも無い事実だろう。

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タイに限らず、マレーシアでもベトナムでもラオスでも、
そしてシンガポールでさえも
吹き抜ける東南アジアの風に身を包まれながら食べる
その土地の屋台の味とそれを囲む人々の活気が、
私が感じる東南アジアの一番の魅力だ。

なぜならば、そこに忘れかけた「自由」と、
そして本能に刻まれた「懐かしさ」を感じるから。

本当は長期滞在していろいろなモノを食べたいところだったが、
時間も限られていたのでひとまずスタンダードな
「トムヤムクン」と「パッタイ」で夕食を済ませた。

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翌日、グリーンカレー炒飯で朝食を済まし
朝からひたすら街を歩いた。

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見れば見るほど、こんなところにまで、、、と思うような路地裏にも屋台がある。

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途中で見つけたタイ伝統のお菓子屋さんで
ココナッツケーキを買って食べた。

冷えていたらもっと美味しいのだろうけど
生温いのも「それはそれで」という感じで
あまーーーい風味がタイの暑い気温の中でとても美味しく感じられる。

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また、道ばたで春巻きの皮のようなものに
エビと野菜を包んで揚げているお兄さんがおり
試しに2個ほど買ってみた。
スイートチリソースのような甘辛いソースをかけて食べると
それはそれは揚げたての絶品だった。

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バンコクには寺院も多く、寺院のそばでは
お供え用のお花の飾りを造っている屋台がたくさんあった。

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東南アジアを旅行し始めた頃、
「祈りに時間をかける」という感覚が
最初、私にはよく理解できなかった。

でも1月にタイのプーケットでホームステイをしたとき
お世話になったオーナーであるお母さんが
毎日毎日丁寧にお祈りに時間をかけている姿をみて
その時間が信仰を持つ人たちにとって
いかに豊かな時間であることかを学んだ。

しばらく歩いたあと道ばたで休憩をしていると、
たまたまそこにいたおじさんに話しかけられ、

「今日は政府による仏教のセレモニーがあるから
トゥクトゥクに乗って寺院を巡ると
トゥクトゥクのお兄さんはガソリンを無料で政府から提供され
君はたったの30バーツで寺院巡りができる」

みたいな話をされた。

「はぁ」と思っていると
どこからともなくトゥクトゥクがやって来た。
見ると私より年下と思われる若いドライバーだった。

本当に30バーツなの??と何度も聞いたのだが
「そうだよ」という。

「本当かなぁ?」とも思ったのだが、歩き疲れていたこともあったので、
若きトゥクトゥクドライバーに寺院巡りをお願いすることにした。

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その若いドライバー曰く、
「決められたお土産屋に連れて行くのがガソリンをもらうためのノルマ」とのことで
寺院巡りの途中3件ほどお土産屋に連れて行かれる。

どのお土産屋にも外国人旅行客らしき人たちが同じように
トゥクトゥクの運転手につれてこられていた。

「あやしいなぁ、、、」と思いつつ、
別にどのお土産屋でも「お金ないから何にも買わないよ」と言えば
特に何かを無理矢理売りつけられることもなくお店から丁寧に出されるから
まあいいか、と思っているうちに
あれよあれよと3件のお土産屋を巡っていた。

結局何のセレモニーだったのかとか、
どういう仕組みでドライバーが
ガソリンをゲットしたのかも良く分からなかったけれど
特にやることがあった訳でもなかったし
お土産を無理矢理売りつけられることもなかったし
それで良かったこととした。

何より私はトゥクトゥクのような風をあびながら走る乗り物がモーレツに好きだ。

だから2時間近くもの時間、そのトゥクトゥクに乗って
寺院ばかりかバンコク市内の色々な景色を楽しめることができたのは
ありがたい経験だったとも言える。

とはいえ、
いつも結果として良い思いをしている(気になっている)からいいけれど
「こういう風に不用意に人に着いて行ってしまうのは良くないよね」、
と毎度同じことを反省している自分に反省した。

ドライバーとの別れ際、
「これだけの時間色々と回ってくれて本当に30バーツなのか?」
とドライバーに尋ねると
「君に任せるよ」とのことだったので
楽しんだ気持ち分を少し上乗せして払い
そのトゥクトゥクドライバーとはお別れをした。

その後、せっかくなので移動屋台でパッタイを買って食べ、
バンコク市内から空港へタクシーで移動した。

慌ただしい2日間だったけれど
久しぶりのバンコクは十分に満喫できた。
またタイにはゆっくり来よう、と思った。

奇遇なことに、帰りの便を待つバンコクの空港にて、
シンガポールで同じ寮に住むインド人の友人たちとばったり遭遇した。

彼らはシンガポールでビジネスを学んでおり、
寮の中でも最も仲良くしているインド人たちだった。

聞くと、学校の長期休み中で、
みんなでバンコクとパタヤに遊びに行ってきた帰りなのだという。

「バンコク好きか?」

彼らのうちの一人が私に聞いてきた。

「好きだよ。あなたは?」

と聞き返すと

「嫌いだ、 だって汚くて臭いから」(一同頷く)

!?

え!?

私からしたら、インドの方が壮絶でしたけどっっ!!?

インド人からしたらそういう感想なんだなー。
人種が違えば見る目も色々だと思ってちょっと可笑しかった。

そのまま同じ便でシンガポールまで戻ってきて、
7人乗りのバンをチャーターして寮までもどった。

タクシーの中では洋楽が流れていて、みんな黙って外を眺めていた。

インド人はみな、彫刻のような綺麗な顔をしている。

そんなインド人に囲まれている自分が不思議にも思え、
またBGMの助けもあって、
なんだか自分がまるで映画のワンシーンの中に
飛び込んでしまったようにも感じられた。

食べ歩きと旅行くらいしかしていないこの数ヶ月で
ちょっとのんびりし過ぎかなぁと不安に思うことも無い訳ではなかった。

でも「シンガポールに来てからの自分はずいぶん国際的になったんだなぁ」と
なにげなく、なんとなく過ぎてしまった時間の中で
確実に進んでいた自分の中の変化を
刹那感じた旅の終わりだった。

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【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記7〜ラオスにいったい何があったのか。
おしまい。

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