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2016-03-14

【旅の回顧録】2011年ラオス旅行記1〜ラオスにいったい何があったのか。私がそこで見てきたもの。〜


2011年6月にラオスを旅行した時の記録です。

2011年1月からワーキングホリデービザでシンガポールに滞在していました。
ラオスへはその滞在の途中で観光に行きました。

旅好きの元同僚がラオスに行った後、
その魅力を熱く語っていた影響で一度行ってみたいと思っていたのが
ラオスを旅したきっかけです。

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18日、マラッカからクアラルンプールへバスで移動

クアラルンプールからエアアジア便にのって
ついに待望のラオス、ワッタイ(ビエンチャン)空港に到着した。

首都にあるとは思えない小さな小さな空港で入国手続きを済ませた後、
日本円1万円ほどを両替した。

ラオスのお金はキープ(kip)といいとにかく桁が大きい。100円が約10,000kip。
すべてお札でコインがなく、どれも似たようなデザインなのでややこしい。

とりあえずタクシーに乗り込んで街の中心部にある噴水近くで降ろしてもらい
重い荷物を抱えたそのままの足取りでメコン河へ向かった。

メコン河を最初に見た感想は、「う~ん、これか~」。

というのも、数年前に訪れたインド・バラナシで見たガンジス河は
それを目の前にした瞬間に「河」というものの域を超えた
異質なまでの存在感に圧倒されたからであって、
今回のメコンにもそんな感動を期待していた。

ところがビエンチャンから眺めるメコン河はあくまでも「河」だった。

IMG_9235

しかしながらそんなメコン河にはメコン河の良さがある。

ガンジス河が「がつん」とくる存在感であるのに比べ
メコン河はその存在の素朴さにじわじわと親しみを感じてくる。
ややもすると地元の土手にいるのかと思ってしまうほどの素朴さだ。

インドでみたガンジス河の周りで繰り広げられる日常には
ただただ衝撃ばかりを感じたが
メコン河沿いで繰り広げられる日常の風景には、
旅人の私でもほっとするような安心感があった。

赤むらさき色に染まる夕暮れの下、
コンクリートで固められた河沿いの通りでは、
子供達が遊んでいたり、カップルが夕涼みに来ていたりと、
ビエンチャンに住む人々の飾らない日常を垣間見る事ができた。

たたずまいこそ違えど、どちらの河もそこに住む人々にとって
安らぎの場所であることは同じであるように感じた。

ガイドブックであらかじめ目星を付けておいた宿に入り、
運良く空いていた部屋を見せてもらうとなかなか広くて申し分無かった。
チェックインを済ませ夕食を求めて街へと繰り出す。

歩いても歩いても人が少ない。

そこには、どこの首都にもあるような
ギラギラとした喧噪や
どこからともなく漂ってくる生臭さや
観光客に向けられる欲の見え隠れするまなざしなどが
全くと言って良いほど感じられず
この国が何か他国とは違う価値観のもとで
ここまで歩んできた事が街の空気から伝わってきた。

しばらく街を歩いた後、
ローカル中のローカルレストランに入り
”とりあえず”ビア・ラーオを注文する。

ラオスでは700ml程度の大瓶ビールがローカルレストランで7000kip(70円)~、
ちょっと良さげなレストランに入っても15000kip(150円)程度で飲める。

 

さて、ラオス初日の夜に食べた料理はコチラ。

ラオス料理ってどんなものなのかな、というのは私の中でも興味があったのだが
やはり隣国タイとベトナムの食文化の影響を大きく受けていて、
それぞれにラオスの優しさを+αしたようなアレンジが加わっている感じ。

▼「フー」
IMG_9242

要は「ベトナムフォー」のラオス版です。
麺は米粉からできたもので、太さは色々あるらしいが
ここのお店のは太めの平麺。
ベトナムで食べる物よりすこしスープが甘めでやさしい味。

▼「ラオス風オムレツ」
IMG_9247
魚醤で風味がしっかりついているので、調味料を追加でつけて食べる必要はなし。
日本のだし巻き卵を平たく焼いたようなイメージ。

▼「空心菜の炒め物」
IMG_9246

東南アジアではおなじみの空心菜の炒め物。
ラオス風の味付けはベトナム風の味付けに近い、
オイスターソース、シーズニングソースを使った味。
揚げた豚が一緒に炒められているのが新鮮な風味だった。

 

メコン川から見た遠くの方の景色で、
一部の雲の下だけ薄黒いカーテンがかかったようになっていて
どうやらスコールが降っているらしかった。
IMG_9237

「あのスコールが移動してくるのかな」などと思っていたら、
案の定、食事中から雨が降り始めた。

傘を持ってこずに出て来てしまったため、
すぐやむだろうと食後ものんびり待っていたが思いのほか降り止まず、
しかたなく雨の中小走りで近くのコンビニに行って傘を探してみたが
日本のようにビニル傘は置いていなかった。

仕方なくもう一件、今度はすこしオシャレなレストランに入って
何杯か嗜んでいるうちにようやく雨はやんだ。

おそらく22時頃だったと思う。

雨上がりですこし湿った空気の中、
土曜の夜とは思えないほど人気の無い通りを、宿に向かって歩いた。




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